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松江地方裁判所 昭和51年(ヨ)16号 決定 1976年3月16日

申請人 妹尾富徳

<ほか二九名>

以上申請人三〇名代理人弁護士 野島幹郎

被申請人 蔵田金属工業株式会社

右代表者代表取締役 蔵田明

主文

一、申請人らがいずれも昭和五一年三月一日以降被申請人会社開発営業部に勤務する義務がないことを確認する。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

申請人らは、昭和五一年三月一日以降も、各自、島根県飯石郡三刀屋町大字殿河内一四四番地に所在する被申請人会社の三刀屋工場に就労する従業員たるの地位を有することを確認する。

第二申請の理由

一、申請人らは、昭和四六年一一月から同四八年四月までの間に被申請会社に入社し、申請人(1)ないし(8)はプレス部門の、(9)ないし(22)は浴槽部門の、(23)ないし(26)はボイラー部門の、(27)ないし(30)は車両部門の、各製造工として、島根県飯石部三刀屋町大字殿河内一四四番地所在の被申請会社三刀屋工場で就労してきた。

二、ところで被申請会社は昭和五一年二月二一日付、その直後頃到達の通知書をもって、申請人各自に対し、同年三月一日付で広島市紙屋町所在の被申請会社本社開発営業部へ配置転換する、申請人らは同日正午までに右の開発営業部に出社せよ、という命令を発した。

三、しかし右配置転換の命令(以下上記の内容の配置転換を配転と、また配置転換の命令を配転命令ともいう)はその効力を生じない。すなわち、申請人らと被申請会社との労働契約において、勤務場所を三刀屋工場とすることが少くとも暗黙のうちに約束されているものであり、かつ申請人らはいずれも機械労働者であって開発営業部のなす販売とは職務内容に大差があり、従って申請人らにとって、三刀屋工場以外の場所で、また機械労働者以外の職務担当者として就労することは労働契約の内容ではなく、本件配転命令は効力がなく、これに従う必要はない。

第三当裁判所の判断

(一)  ≪証拠省略≫によれば、申請の理由一、二の各事実を肯認できる。尤も、≪証拠省略≫によれば、本件配転命令は被申請会社の専務取締役三刀屋工場長である橋村武がなしていること明かであり、同人には被申請会社を代表する権限がないことも≪証拠省略≫により明かであるが、前示配転命令自体が形式的効力要件を具備することについては、当事者双方ともこれを認めているとみて差支えないところであり(この点は仮に将来争いが生じても、商法所定の表見代表取締役の法理ないし支配人の権限範囲の問題によるか、申請人らの承認ということで同様の結論になるであろうが)、以下、配転命令の実質的効力要件について検討することとする。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、被申請会社は、元来住器建材の製造から出発したが、自動車産業の拡大に伴って東洋工業株式会社の下請工場として、車体、部品の製造を主とするようになった。そして受注の増大とともにその擁する広島県内海田工場のみでは生産規模が不足するようになり、昭和四六年島根県や三刀屋町の誘致により三刀屋工場を新設することを決定し、同四七年八月同工場で操業を開始し現在に至っている。三刀屋工場における従業員は、少数の管理職や事務職員と若干名の製造部門の経験者(これは作業現場の指導的役割を果す要員である)が被申請会社の海田工場や本社より転属となったほか、すべて地元出身者が三刀屋工場の工員として採用され、この新規採用者は当初の見習期間約六ヶ月ないし一〇ヶ月の間は海田工場に派遣されて技術の研修、習得をした後三刀屋工場に戻って就労をしてきた。なお三刀屋工場操業後に採用されたもののうち若干は見習期間中も三刀屋工場で技術の習得をしている。申請人三〇名につき入社の事情をみると、学校を新規に卒業して直ちに入社したものが二名あり、その余の者のうち、まずごく少数は大阪方面等で稼働していたが郷里の近くに被申請会社の工場が新設され工員を募集していることをきいて、従前の勤務先を辞めて三刀屋工場で働くようになったもので、残余の大部分は、農業に専従していた者、農業の傍ら土工等臨時雇の仕事をしていた者、農業をしながら近辺の小規模企業で稼働していた者が、農業への従事を維持しつゝ現金収入の途を求めて被申請会社に入社したものである。申請人らがいずれも自宅に居住して家族と同居しつゝ三刀屋工場に通勤して稼働していることも当然の成行である。そして申請人全員が三刀屋工場の工員として働くということで応募しかつ被申請会社が採用し、現在までこの就労形態が継続されてきたものである。

以上の事実を基に申請人らと被申請会社との各労働契約をみれば、申請人らはいずれも就労の場所すなわち労務提供の場所を三刀屋工場とし、かつ提供すべき義務の内容を工員としての技術、技能、投入作業量とすることを、労働契約の要素とし、これを内容としているものといわざるをえない。≪証拠省略≫によって認められる、三刀屋工場所属の工員相当数が被申請会社と労働組合との間の協定に基いて、昭和五〇年七月より約三ヶ月間海田工場にいわゆる応援に赴いていることおよび海田工場と三刀屋工場との間の相互応援については将来にもおこなう旨の諒解がなされていることは、右の応援ということがその文言の示すとおり暫定の処置であり、かつ労務内容が工員としてのそれに異らないことよりすれば、前に示した労働契約の内容を一時的にせよ変更したものとさえみなしえないこと明かである。

(三)  そこで本件配転命令にいう被申請会社本社を本拠とする開発営業部の実態をみるに、≪証拠省略≫によれば、開発営業部とは、被申請会社において、自動車の車体、部品の下請受注が減少してきたため、自社製品である浴槽、風呂釜(ボイラー)の開発、製造を始めて、これを三刀屋工場が担当するようになったが、需要市場への販路がなかったため、右の製造と歩調を合せて新たに設けられた販売部門であり、その職務内容はセールスともいわれる販売および売却後のサービスたる保証すなわち点検修理であること、そして開発営業部に所属する社員は本社の屋内にある開発営業部本部に統轄されるが、実際の勤務場所は既設の広島および岡山、福山、九州、山陰、山口の各地区および新設が計画されている関西地区、関東地区に及ぶことが認められるのである。

(四)  前出(二)と(三)との対比によれば、本件配転命令は、申請人らと被申請会社との間に成立している労働契約の内容を、労務提供の場所という点、また給付すべき労務の種類という点、の二重の意味において変更するものといわざるをえない。

そこで右の変更の能否を検討するに、まず、右の如き変更につき申請人ら各自と被申請会社との間で個別、具体的の合意が、明示はもとより黙示にもなされていないことは申請人三〇名、橋村武に対する各審尋により明かである。

次に、当裁判所は、労働者は労働契約において具体的労働の給付を約したのではなく労働力の処分権を使用者に委ねることを約したものであり、労働の種類、態容、場所に関する具体的個別的な決定につき使用者側が労働指揮権能を有し、これに基き一方的に意思表示することにより配転という形成効果をもたらす、とする見解を採用しないことも、叙上(二)に説示するところから自ら明かである。

ところで≪証拠省略≫によれば、申請人らは、いずれも入社に際し、「会仕の都合により何時、転勤、出張を命ぜられ、又は労働協約、就業規則の定める処により解雇されても異存はありません」旨の誓約書を差入れていること、また橋村、和田に対する各審尋によると、就業規則(この就業規則は疏明として提出されていないが)にも右と同旨の包括的転勤同意条項があることが認められるのであるから、右の転勤同意文言により労働契約内容の変更につき申請人らが事前に包括的承諾をしているとみる余地があるかの如くみえる。しかし右にみた誓約書ないし就業規則の記載は、広狭さまざまの、例えば営業一係から二係への配転というものから社長秘書から掃除婦への配転というものに至るまで、企業の遂行過程に伴って生じうる多様の配置転換に一般的に備え、その可能性を示したにすぎないものであって、個別、具体的な配置転換のできる範囲は、個別の契約でその外延を画されているものすなわち労働契約の要素か否かで可否が決せられるものといわざるをえず、従って前示誓約書や就業規則の記載は、配転命令という名の労働契約内容変更申込に対する承諾に代置されるべきものではない。

(五)  以上にみたとおり本件配転命令はその効力を生ずるに由なく、申請人らにとって、配転命令で示された被申請会社開発営業部で昭和五一年三月一日以降就労する義務はないものというべきである。

(六)  付言するに、企業の運営自体は業務執行者の権限領域でありかつ義務範囲にかかわることであり、従業員の適正規模、効率的配置や諸設備の拡縮は、労働者が経営参加する経営協議会の方式がとられていようと、最終的には企業執行者の裁量により決すべきところであり、企業自体の浮動が激しく、殊に現在の如き他律されざるをえない社会経済構造の下において、企業の消長を将来の展望の下に予測し、これの対処手段を刻々に追求せざるをえない業務執行者の探る具体的措置につき、商法二六六条の三等所定の如き責任をなんら負担しない者が、企業の運営過程においてとられる企業目的行為である配転の是非や設備、生産方式の施策云々を論ずるのは、無責任かつ越権であり、裁判所はもとより従業員であっても配転方策の相当性等につきこれを評価し容喙することは許されないのである。当裁判所が本件の審理に当って右の諸点を敢て吟味しなかった所以である。本件の場合、三刀屋工場の人員を削減するとともに、全く新たに開発営業部に適応する人材を広く求めることによっても企業目的を達成できるものであるところ、被申請人が人員整理の代替手段として配転をもって臨んだことが紛争の因となったものといわざるをえない。

(七)  以上の次第でありかつ申請人らに仮の地位を定める必要性を肯認できるから、本件仮処分申請は理由があるものというべく、当裁判所は、申請の趣旨に拘束されることなく、しかし右趣旨の包摂範囲といいうる主文第一項の仮処分命令を発することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり決定する。

(裁判官 今枝孟)

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